2013年1月31日木曜日

「漢の花園」Vol.32睦月

2013年最初の「漢の花園」でございます。今年も挫けることなく母校の自然を紹介して参ります。どうぞよろしくお願い申し上げます。で、さっそくでございますが、1月から多忙であります。来週は地方出張も何本か入っております。しかも今まで避けに避けてきた北海道への出張命令がついに下ってしまった・・・生まれて初めての北海道・・・しかも極寒の季節に・・・しかも大嫌いな飛行機で・・・ ああ上野発・寝台特急「カシオペア」or「北斗星」で夢見ながら行きてえ・・・というわけで新春早々解説なしでお送りいたします!

 ビオラA(スミレ科)

ビオラB(スミレ科) 

 サザンカ(山茶花:ツバキ科) 

ダイダイ(橙:ミカン科) 

広報部会 S56卒 永澤

2013年1月30日水曜日

新OB情報冊子『Baisoukai Today』創刊のお知らせ


日本学園 梅窓会 会長 髙木光(昭和30年卒) 

寒気厳しきおりでございますが、OB諸兄におかれましては、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。梅窓会・会長の髙木光でございます。みなさまのご理解・ご協力により、梅窓会も少しずつ活性化の兆しが見えて参りました。それを表すかのように各卒業年次、クラス、クラブごとに同期会・同窓会、同窓生による旅行なども各地で開催されております。また、近年の学園改革が功を奏し、学業や課外活動で目覚ましい成果をあげる在校生(準会員)や進学・就職先における若手OBの活躍ぶりも日々聞こえて参ります。

そこで梅窓会・運営委員会は協議を重ねた結果、直近一年間に当会にお寄せいただいた同期会・同窓会等の開催報告に、若手正会員や活躍する在校生(準会員)、さらに学園文化に関する取材記事をプラスした新しいOB情報冊子『Baisoukai Today』(4P・カラー)を創刊する運びとなりました。当冊子は年二回発行の総合情報冊子『梅窓会報』に加えて、年一回お届けする梅窓会員の“いま”にフォーカスした「会員情報中心のメディア」となります。

『Baisoukai Today』は、現在『梅窓会報』を郵送している正会員及び日本学園・在校生(準会員)・教職員へ2月中旬~下旬にかけて発送・配布を予定し、編集・デザイン・印刷を進めております。どうかご期待ください!

2013年1月29日火曜日

日本学園 部活動&関連リンク集

日本学園運動部

サッカー部
 
硬式野球部
  
山渓部

Climb On
 
トライアスロン部


日本学園文化部

吹奏楽部






鉄道研究部






日本学園剣道教室



2013年1月28日月曜日

願書締切迫る!評価高まる日本学園に挑戦しよう!

 いよいよ迫る2013年度入試!文武両道で躍進する我らが母校は、明治大学との高大連携や創発学を始めとする独創的かつ効果的な教育体制により、昨年を大きく超える志願者を集めています。

その注目度を証明するかのように、2012年は数多くの受験メディアが日本学園を取材いたしました!梅窓会広報部会では2012年末までにネット上にアップされた主な取材記事を新着も含めて再掲載!願書受付は各入試日当日までOK! 志望校を決めかねている受験生・保護者のみなさまは、いま一度、本学の実績・評価・期待をお確かめください!

<新着情報!>
Netty Land「かわら版」【明大SS特待入試紹介】
http://www.netty.ne.jp/flipper/2012_11_kawaraban/index.html?highlightwords=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%AD%A6%E5%9C%92%2C%E5%85%A5%E8%A9%A6#page=15

進学情報誌さぴあ「学校File」
【①谷川校長・小岩副校長インタビュー掲載】
http://www.sapia.jp/school_infor/school_file/1205_01.html

【②母校再訪・谷川校長&OB(早稲田大学・青山学院大学)インタビュー掲載】
http://www.sapia.jp/school_infor/revisit_in_alma_mater/1205_1.html

首都圏模試センター「私学の魂」Web限定版
【谷川校長・小岩副校長・取材記事掲載】
http://www.syutoken-mosi.co.jp/school/post_17.php

読売受験サポート「わが校をアピール」
【谷川校長インタビュー掲載】
https://yorimo.yomiuri.co.jp/servlet/Satellite?c=Yrm0401_C&cid=1221802044987&pagename=YrmWrapper

Netty Land「ネッティレポート」
【谷川校長インタビュー掲載】
http://www.netty.ne.jp/modules/netty_report/detail.php?report_id=1073

inter-edu「首都圏注目の中高一貫校!」
【取材記事掲載】
http://www.inter-edu.com/feature/2012school/05_03/nihongakuen.php


 2012年4月・一号館の塔を彩る満開の桜 

梅窓会 広報部会

2013年1月27日日曜日

人気爆発!日本学園中学校・応募者増加率TOP2・3に!

毎年、高精度かつリアルタイムな受験情報を発信する「日能研・入試情報サイト」の発表(1/28現在)で日本学園中学校・2013年度入試の応募者増加率が東京都・男子校入試113回中、「明大&SS特待第3回」が85.4%で第2位にランクイン! 「明大&SS特待第2回」が67.6%で第3位、「特待チャレンジ第2回」が34.9%で8位から6位に急上昇!「明大&SS特待第1回」が33.3%で第7位ランクイン!さらに志願者を集め、引き続きBEST10内を制圧!爆発的な人気を実証しています!

「日能研・入試情報サイト」2013入試の応募者増加率はこちら!
http://www.nichinoken.co.jp/np5/schoolinfo/bairitsu/cmp/u11.html

さらに長引く不況や公立校人気の高まりを受け、名だたるライバル校が応募者を激減させる中、日本学園中学校は全入試で応募者増加率±0以上をマーク!同データは谷川校長・教師陣・スタッフ、そして保護者・OBが一丸となり、文武両道で生徒の知性・人間性を伸ばしてきた努力の成果に他なりません。また、明治大学との教育連携や創発学など、独創的かつ効果的な教育プログラムの構築・実践も評価の大きな要因と言えるでしょう。2013年年度・日本学園中学校の入試は2/1(金)~5(火)にかけて行われます!がんばれ受験生!来たれ日本学園へ!

ひと足早くサクラサク!がんばれ受験生! 
梅窓会も君たちを応援しています! 

梅窓会 広報部会

2013年1月26日土曜日

日本学園歌集

日本学園中学校・高等学校校歌
作詞:柿内三郎
作曲:信時 潔
昭和23年12月制定

一、
いざや学ばむ諸共(もろとも)
叡智(えいち)の鏡みがきつつ
(す)ぐなる道を歩まなむ
日校健児の望みはこれぞ

二、

天地のみかは人の世の
あつき恵みにこたへつつ
おのがつとめをつくさなむ
日校健児の誓ひはこれぞ

三、

いざや進まむ諸共に
若き心を鍛(きた)へつつ
とはなる命うちたてむ
日校健児の願ひはこれぞ



『いざや学ばむ・・』で始まる現在の校歌は戦後、母校が新制高等学校、中学校となった際、「戦後の学生にふさわしく意味がよくわかり親しく歌えること」を希って、昭和23年に制定されました。旧制日本中學校淀橋時代の校歌、そして昭和11年松原の地に移ってからの同校校歌に次いで、3代目となります。作曲者は、信時潔氏。慶応義塾塾歌など学校校歌の名曲を世に送り出してきた方です。作詞者は柿内三郎東大名誉教授(学園OB)、時の校長先生でありました。学園創立から今年で130周年、この校歌が制定されてから60有余年。伝統校にふさわしい校歌として、日校健児に脈々と歌い継がれている曲であります。


日本学園創立100周年記念学園歌
原作詞:篠 清弘
作  曲:いずみたく
編  曲:近藤 浩章

一、
大空に夢を 大地に花を
咲かせて燃えろ その血潮
男のロマン 限りなく
われら愛す
理想は高し 日本学園

二、

学舎(まなびや)の窓に みどりの庭に
歴史は語る 風の色
思い出胸に いつまでも
われら愛す
誇りは高し 日本学園

三、

青春を友と 希望を君と
肩抱きあって わかちあう
あしたを拓(ひら)く 若き群れ
われら愛す
精神は高し 日本学園




応援歌「若き力」
作詞:大野武雄
作曲:河口 徹

一、
若き力の歓びに
輝く希望 熱意をこめて
日頃抱きし この意気の
誇りを示せ 今ぞここに

二、

燃える生命と情熱に
たぎる血潮よ 力をこめて
日頃きたえし このうでの
誇りを示せ 今ぞここに

三、

熱と力の 結晶の
日校健児 若さをこめて
日頃磨きし この技の
誇りを示せ 今ぞここに


応援歌「いざや友よ」
作詞:友竹正則
ドイツ曲

一、
いざや友よ心直(す)ぐく 若き血は燃えて
輝かし瞳もちて 勝利を目指さん
行く手遥か嵐は猛り 山や川の遮る時も
力満ちて進みに進む これぞ無敵我らが日校

二、

いざや友よ身体鍛え 強き腕(かいな)もて
若さ滋る力集め 勝利を我が手に
今は立ちて攻め行く時ぞ 敵の軍の寄せ来る時ぞ
力満ちて進みに進む これぞ無敵我らが日校

三、

いざや友よ肩を組みて 心合わせて
高らかに声を集め 勝利の歌うたおう
空は青く水は清らか 鳥は歌い陽は輝けり
力満ちて進みに進む これぞ無敵我らが日校




日校節

1)ここはお江戸か世田谷の町か 世田谷の町なら日校健児


2)日本学園の学生さんは 度胸一つの男だて


3)度胸一つで世田谷の町を 歩いて行きます紋付き袴


4)紋付き袴は日校の印 ボロはおいらの旗印


5)ボロは纏えど心は錦 どんなものにも恐れはせぬぞ


6)どんなものにもおそれはせぬが 可愛いあの娘にやかなわせぬ


7)可愛いあの娘も時にはすてる 母校のためなら命までも


8)命捨ててもその名は残る 日校健児のその名は残る


ついでにおいらのその名も残る


おまけにあの娘のその名も残る


日校音頭
作詞:友竹正則

1)春が来かよ 日校のお庭にゃよぅ
  桜咲いた咲いた ステテコシャンシャン
  ドンブリバチャ ウイタウイタ ステテコシャンシャン

2)夏が来かよ 日校のプールにゃよぅ
  カッパ飛び込む ステテコシャンシャン
  ドンブリバチャ ウイタウイタ ステテコシャンシャン

3)秋が来かよ 日校の畑にゃよぅ
  芋がなるなる ステテコシャンシャン
  ドンブリバチャ ウイタウイタ ステテコシャンシャン

4)冬が来かよ 日校の煙突にゃよぅ
  煙もくもく ステテコシャンシャン
  ドンブリバチャ ウイタウイタ ステテコシャンシャン



旧制 日本中學校校歌松原・二代目校歌)
作詞:福田正夫
作曲:関平三郎
昭和12年3月制定

一、
大富士仰げる松原臺(だい)
先師の教(をしへ)の礎(いしずえ)かたく
は高しやかゞやく希望(のぞみ)
立身報國學舎に誓ふ
日中健兒の傳統(つたへ)を誇れ

二、
皇居(みやゐ)は尊(たふと)し彩雲映ゆる
徽章(しるし)の御鏡(みかがみ)かざしてすゝむ
(げん)たる校風日本主義ぞ
言行一致(げんかういっち)の信義を誓ふ
日中健兒の志操(しさう)固し

三、
理想に燃え立つ緑の丘に
文武に鍛ふる心身剛(つよ)
時流に克ち行く我等の譽(ほまれ)
先進燦たり榮(はえ)ある母校
日中健兒の使命を守れ



<校歌「大富士仰げる」>
旧制日本中學の2代目となるこの校歌は、昭和11年に 淀橋(現在の西新宿付近)より現在の松原の地へ移転した際に作られ、翌年3月卒業式の場で発表されました。 使われた期間は10年ほどの短命ではありましたが、いまでも日中OBが集えば、母校への思いと同窓との絆を深めるものとして熱く歌われています。 作詞はかつての日本を代表する詩人のひとりであった福田正夫氏、作曲は音楽教諭であった関平三郎氏です。



旧制 日本中學校校歌(淀橋・初代校歌)
作詞:生徒・教員合同
作曲:梁田貞
昭和3年10月制定

一、
富士の峯(ね)さやに仰ぎ見て
(そび)え立ちたる我が黌舎(こうしゃ)
堅き操(みさお)を守りつゝ
惰眠を破る雄叫(おたけ)びや
あゝ八百の健男

二、
代々木の宮に程近く
時流にそまぬ學風の
日本主義を標榜(へうぼう)
東亞の光增(ま)さんこそ
日中健児の使命なれ

三、
八咫(やた)の鏡のくもりなく
文武の道をいそしみて
自疆(じきょう)(いつ)とせ業(わざ)ならば
先師の心受けつぎて
すめら御國に盡(つく)さばや


<校歌「富士の峯さやに」>
日本中學校五十年史より-(昭和12年発行)
-以上、次第に内容の充実を眺めて来た我々は、又、茲に初めて校歌の制定を見る喜びを持つのである。昭和三年、今上陛下御大典記念として作成されたもので、歌詞は最初、生徒間に募集し、其れを教諭諸氏で選定補筆した。作曲は梁田貞氏で、同年十月十三日、同氏来校、全生徒に教授練習した。歌詞は左の如くで、本校最初の校歌である。-






2013年1月23日水曜日

昭和14年卒業同期会 開催報告!

【四十七会の現況】

我々が日本中学を卒業したのは昭和十四年三月、第四十七回卒業なので同期会を「四十七会」と称することにしました。卒業直後は毎年四十七会を開催していたが、今次戦争が勃発し、また戦後の混乱で開催できなかったが、時折、会を開催しておりました。同期で卒業した者は154名であったが推定すると逝去した者122名、消息不明者26名であります。

平成十二年からは概ね毎年開催していた。昨年は11月18日に新宿の「さがみ」で開催。体調不良者一名を除き、僅か五名出席しました。日本中学時代、寺崎先生(博物)に叱られたこと、池田先生から難しい漢文を学んだことなど、当時の思い出を語り、話は盛り上がり、和気藹々の二時間を過ごすことができました。池田先生は百二歳でご存命だそうで、皆脱帽でした。平成二十七年は日本学園が創立百三十周年を迎える記念すべき年です。 学園の益々のご発展をお祈りいたします。

近代『史記』研究の第一人者であり、 
日本中學校OBとして母校の教壇にも立った池田英雄先生。 
104歳の今もお元気です!


<四十七会・11/18出席者>
粕谷俊作・笹本繁宏・荻原敏克・横内実男・細川春雄(幹事)

2013年1月21日月曜日

日本學園・資料室だよりVol.1

日本学園には校祖・杉浦重剛先生と本学ならびに歴代OBに関する重宝・資料・芸術作品等を収蔵する「日本學園・資料室(一号館2階)」があります。同資料室では、OB(梅窓会正会員)有志を中心とする「資料室委員會」に所属する資料室委員が保存・管理・研究調査・展示を推進しています。梅窓会ブログでは、資料室委員の協力の下、同資料室に収蔵されている貴重な品を不定期に紹介して参ります。

【日本學園・重宝】
<旧制・日本中學校・門標>

 揮毫:猪狩又造・第3代校長 

この門票は本学の淀橋校舎~現在の松原校舎門柱に掲げられていたものである。正確な制作年月日等は調査中であるが、淀橋移転(大正5年・1916年)後に制作されたと思われる。当時、母校は半蔵門校舎の通学アクセスの悪さや政府主導による「私立学校撲滅問題」により、生徒数が激減し、存亡の危機に直面していた。他校と連携した請願活動により「私立学校撲滅問題」を先頭に立って解決した校祖・杉浦校長は、学園関係者が一丸となって募集に奔走した援助資金により、心機一転、淀橋(現在の西新宿)への移転を決意したと伝わる。

昭和16年夏・現在の松原校舎の門柱に掛けられていた門標。 

淀橋校舎は財政難により、学習院の建物を取り壊した材料で建設された。同用材は校祖・杉浦校長の尽力で本学に払い下げられ、寄付されたものである。その事実を示すかのように、この門票の裏側にはホゾと思わしき溝が等間隔に3本彫られており、学習院の建築物を構成していた一部である可能性も否めない。材木は杉と思われ、水分を含むといまだに杉材の芳香を覚える。書は猪狩又造・第3代校長の揮毫を彫り、漆塗りを施している。猪狩校長は日中戦争から太平洋戦争へ続く戦乱の時代に校長職を全うし、本学の発展に尽くした人格者である。

 いまや登録有形文化財として国の重宝となった一号館と共に
風雪に耐えてきた旧制・日本中學校・門標。 

梅窓会 広報部会
日本學園 資料室委員會

2013年1月19日土曜日

母校のシンボルが雪の重みで自然剪定!

先週日曜日、首都圏は近年にない大雪に見舞われました。翌月曜日、銀世界の日本学園を撮影するべく、出勤前に雪を踏みしめ母校を訪れた広報部員の目に飛び込んできた風景は、雪の重量に耐えかねて数多の枝を落とした一号館アプローチの樟(クスノキ)でありました・・・


一号館アプローチの樟は、日本学園の前身である旧制・日本中学校が、大正4年(1915年)11/14に、大正天皇御即位礼記念として、当時の淀橋校舎(現在の新宿西口)東南の隅に、校祖・杉浦重剛先生・教職員・生徒代表の手で植樹した苗木を、現在の松原校地移転の際に、一号館アプローチへ移植したもの。その樹齢は100年にも及び、今では世田谷区を代表する巨樹に成長しています。 


樟は常緑樹ですから大量の雪を葉群全体で受け止めてしまい、その重量に耐えきれず折れてしまった枝が多かったようです。しかし、これまで、あまりの巨樹ゆえ剪定することも難しく、枝葉が繁りすぎていたことも事実。雪が植木屋さんの代わりに少々枝落とししてくれた・・・と解釈すれば慰めにもなります。 


「昨日は枝が折れるバキバキッという音を何度も聞きました・・・学園に奉職以来、こんなに凄い枝落ちは初めて・・・」と途方に暮れる硬式野球部の高橋助監督。

梅窓会 広報部会

2013年1月17日木曜日

我流展景-日校Photoスケッチ(1月-2)


 
 首都氷結-A
<雪原現る・・・>

首都氷結-B
<飛び蹴り・シュワ~ッチ!>

首都氷結-C
<雪の日のお見合い>

首都氷結-D
<まだ溶けたくない・・・>

広報部会 S56卒 永澤

2013年1月15日火曜日

OB探訪記~「信州風樹文庫・岩波茂雄記念室」~

先日、日本中学校OB岩波茂雄の故郷、長野県諏訪市の「諏訪市立・信州風樹文庫」を訪ねました。同図書館には諏訪生まれの出版人、岩波茂雄(戦後初の文化勲章授与者)の史料・記録等を展示する「岩波茂雄記念室」があります。

 岩波茂雄 
1881年~1946年 

 「諏訪市立・信州風樹文庫」 

岩波書店創設者、岩波茂雄は1881年(明治14年)諏訪市中洲に生まれ、諏訪実科中学校(現・諏訪清陵高校)を経て、当時、日本中学校(現・日本学園)校長職にあった校祖・杉浦重剛を慕って上京します。岩波は「家が貧しいので學僕として杉浦家で使ってもらい、日本中学校へ編入させてほしい」と熱意を込めた半紙8枚にのぼる毛筆の手紙をしたため、「請願書」と題して杉浦校長へ送ります。杉浦校長は岩波の至誠に感心し、「書生は無理だが一度上京せよ」との返書を出しました。

「岩波茂雄記念室」  画像クリックで以下拡大します
書簡や寄贈品、愛用の着物など貴重な資料・記録が展示されている。 

「請願書」の書き出しには、「謹呈ス我大日本ノ教育家 杉浦先生閣下 茲ニ信陽ノ一寒生泣血頓首再拝シテ自己ノ境遇ヲ述べ胸中ヲ吐露シテ敢テ閣下ニ請願スル所アラントス拙劣ノ文閣下ノ耳目ヲ瀆スニ止マルト雖モ伏シテ希クハ一読ノ栄ヲ賜ランコトヲ」とあり、星雲の志に燃え、何としても上京して学問に励み、幼いころに父を亡くした一家を支えてきた母に孝養を尽くし、国家のために役に立つ人間になりたいと訴えました。

終戦直後に寄贈された岩波書店の201冊の寄贈図書の一部。 
ふたりの諏訪の青年がリュックに背負い、東京から諏訪へ運んだ。 

岩波は明治32年に諏訪実科中学校を卒業すると、母親の了解を取り付けて上京。日本中学校5年編入の受験に挑みますが不合格となります。そのときの模様を一緒に受験するため上京した同郷の守矢真幸(本学OB)は「岩波さんは憤慨しまして(中略)俺がこんなに杉浦先生を慕って来て入れないというなら、俺はもう死んでしまふ(中略)それから、どうしても入りたいと云って、杉浦先生に直々談判してくると意気まきはじめたのです」と語っています。校祖・杉浦重剛の高潔な人格を慕って日本中学校を目指した数多の学徒たち。岩波青年のエピソードは、その情熱を象徴するものと言えるでしょう。

日本中学校5年生に編入した当時の岩波茂雄と 
恩師・杉浦重剛先生の写真展示 

その後、岩波は特例で再試験に挑み合格。在学中の猛勉強により、第一高等学校~東京帝国大学哲学科に学び、大正2年に岩波書店の原点となる古書店を開業。画期的な『古本正価販売』を行い、書物の正当性を主張します。翌年には夏目漱石の知遇を得て『こころ』を出版。これが岩波書店の出発点となります。1927年(昭和2年)には「岩波文庫」を創刊。手軽な価格で古典の名著を普及させ、近代日本の文化教養の基盤を作りました。

なんと!展示には日本学園発行『百の年輪』も! 
遠く離れた信州諏訪の地で母校の偉大さを実感! 

岩波は故郷である諏訪市の教育、発展にも援助を惜しまず、1940年(昭和15年)には、自費を投じて「財団法人風樹会」を設立。経済的に恵まれない学者や教員を支え、地元中洲に風樹会館(現・中金子公民館)を寄贈するなど、人材の育成にも注力しました。「風樹」とは岩波の座右の銘『風樹の歎』によります。これは中国の韓詩外伝巻九にある「樹静かならんと欲すれど風止まず 子養わんと欲すれど親待たず往きて見るを得べからざるは親なり」という一節からとった言葉であり、そこには早くに両親を亡くし、報いることのできなかった後悔と、その思いを世の奉仕へ向けた岩波の決意が込められています。

【お世話になった信州風樹文庫スタッフの矢崎勝美さん】

岩波茂雄は同郷の朋輩にも日本中学校への入学を強く勧めました。矢崎勝美さんは、その勧めにより入学したひとりである矢崎文弥氏のご親族です。矢崎文弥氏は日本中学校卒業後、東京美術学校(現・東京芸術大学)へ進学し、地元の発展にも尽力されたとのこと。矢崎勝美さんは日本学園のことも良くご存知でした!矢崎さん、ありがとうございました!今後とも日本学園をよろしくお願い申し上げます! 

信州風樹文庫を後にして訪れた冬の諏訪湖 

敗戦後間もない1946年(昭和21年)、良書を読みたいと願う諏訪・中洲の青年たちは、岩波書店(岩波雄二郎社長)に図書の寄贈を願い出ました。翌年、1回目の寄贈図書201冊が二人の青年に背負われて到着。全国でただひとつ、岩波書店発刊の戦後の全書籍を収蔵する図書館「信州風樹文庫」が誕生しました。昭和30年に諏訪市立となった信州風樹文庫は、開かれた図書館として、市民の読書会や全国レベルの講演会など、特色ある活動が行われています。 校祖・杉浦重剛の薫陶を受け、文化教養の普及に尽力した岩波茂雄。信州風樹文庫はこれからも、その志を私たちに語りかける場所で在り続けます。

<諏訪市立・信州風樹文庫>
■月曜・祝日・毎月最終平日休館
■長野県諏訪市中洲3289-1 TEL/FAX 0266-58-1814
■JR上諏訪駅からタクシーで約2,000円/かりんちゃんバスも利用可能

広報部会 S56卒 永澤

2013年1月14日月曜日

1月度・運営委員会・開催報告

去る1/12(土)14:00~1月度運営委員会が開催されました。当日は約23名の運営委員・オブザーバーが出席し、新しい年のスタートに相応しい活発な審議・意見交換が行われました。

運営委員会TOPIX

各部会報告(総務・広報・組織・会計・企画)
会費納入状況の報告
君塚副会長から最新の会費納入状況の報告、会計部会より2011年各月の会計中間報告がありました。梅窓会では依然として厳しい財政状況が続いています。年会費未納のOB諸兄は何卒速やかな会費納入をお願いいたします。
2013年3月卒業生・記念品決定
この春卒業する生徒諸君への卒業記念品が決定しました。
中身は卒業式までのお楽しみ!
2013年2月発行予定『BAISOUKAI TODAY』について
広報部会よりOB情報を中心に編集される同冊子のカラーデザイン案の2次プレゼンテーションがあり、タイトル書体・構成等が決定しました。巻頭特集・若手OB・活躍する在校生への取材も完了しています。『BAISOUKAI TODAY』は2013年2月中旬に発行されます。お楽しみに!
「熱き恵み教室」の結果報告
日本学園のキャリアエデュケーションの一環として中学2年生を対象にOBによる講義・質疑応答を行う「熱き恵み教室」の経過が報告されました。
小川理事より理事報告

雪景色 


梅窓会 広報部会

2013年1月13日日曜日

夕べの語らい

昨日の1月度運営委員会は参加者23名と相変わらず大盛況でした。そして会議終了後のいつもの懇親会には16名が参加。三連休スタートで若者が溢れる明大前駅前で、三連休関係なしのパワフルな梅窓会一団でした。

1月12日の新年会

梅窓会 広報部会

2013年1月11日金曜日

横山大観記念館「富士づくし」開催中!

東京英語学校(現・日本学園)第一期OBであり、近代日本画壇の揺るぎない巨匠である横山大観。その居宅を展示空間として公開している東京・上野の「横山大観記念館」で2013年3月31日(日)まで企画展「富士づくし」が開催されています!

横山大観 
1868~1958 

 
「霊峰飛鶴」 
大観は富士をこよなく愛し、特に後半生は多彩な富士を描いたことでも有名です。 横山大観すなわち富士という印象をお持ちの方も多いのではないでしょうか。 企画展「富士づくし」では、「霊峰飛鶴」を始めとする富士を主題とした作品を中心に富士、筑波、日本アルプスの山々を描いた27mにもおよぶ絵巻作品「四時山水」なども展示。大観の心がとらえた美しい日本の風景を存分に堪能することができます。



また、台東区の史跡にも指定されている京風数寄屋造りの同記念館は、大観が生前暮らしていた客間・アトリエなどを、そのまま展示スペースとして公開しており、建物の随所に大観ならではの工夫が凝らされています。芸術家として人間的な魅力をも兼ね備えた本学第一期OB横山大観ワールドを体験できる貴重な空間。OBお誘い合わせの上、ぜひお出かけください。

横山大観記念館HPはこちら!
http://members2.jcom.home.ne.jp/taikan/index.htm

開館日・MAP・アクセスはこちら!
http://members2.jcom.home.ne.jp/taikan/info.htm


梅窓会 広報部会

1月度 運営委員会 開催のお知らせ

昨年末にもお知らせしていますが再度お知らせします。
平成25年1月度の運営委員会を下記の通り開催いたします。
運営委員・オブザーバー各位のご参集をお願いいたします。
なお、欠席の方は出席者へ必ずご連絡ください。
現在、開催お知らせは ブログor FAXのみで郵送は廃止しています。

日時:平成25年1月12日(土)14:00~16:00
場所:木造棟1F会議室
議題
1) 各部会報告(総務・広報・組織・会計・企画)
2) 会費納入状況
3) 梅窓会銀行通帳の会長名義変更について
4) 「熱き恵み教室」の結果報告
5) 3月卒業生への記念品について
6) 2月発行予定の会報「BAISOUKAI TODAY」について
7) その他
尚、会議中に理事連絡事項を予定しています。

★運営委員以外のOBも参加できます!ぜひご来校ください!


梅窓会会長 髙木 光

2013年1月10日木曜日

あなたの思い出やエピソードを「倶進」で紹介します!

梅窓会ブログのOB投稿コーナー「倶進」では、みなさまからの記事投稿を募集しています!年末年始の思い出やエピソード、現在のご活躍ぶりや近況、進学先での出来事など、何でも大歓迎!日本学園OBの情報をお待ちしています!

投稿は日本学園(旧制・日本中学校)OBに限ります。
原稿は手書き・ワープロ等、なんでもOK!
本文原則1,500文字以内(タイトル必須)・できるだけ写真を同封してください。
原稿には氏名・卒業年を必ず記入してください。
お送りいただいた原稿・写真はブログ掲載後、郵送で返却いたします。
投稿記事の掲載日は広報部会一任となります。

【投稿宛先】
〒156-0043 東京都世田谷区松原2-7-34
日本学園気付 梅窓会 広報部会「倶進」係

★Eメールでも投稿できます★ 
梅窓会 広報部会  Eメールアドレス
   baisoukai@yahoo.co.jp


この冬もたわわに実った母校の橙 

梅窓会 広報部会

2013年1月8日火曜日

初代校長・増島六一郎の貴重な映像コンテンツ紹介!

東京英語学校(現・日本学園)の初代校長・増島六一郎の人生を貴重な記録写真やご親族のインタビュー等を交えて編集された中央大学HP映像コンテンツ「中央大学の歴史:初代校長・増島六一郎」を紹介します。

  増島六一郎(1857年~1948年) 
東京英語学校&英吉利法律学校・初代校長 

 1937年6月、ワシントンの中国大使館のパーティに出席した増島六一郎(左)。
写真右は日本中学校(現・日本学園)を首席で卒業し、
日米和平の架け橋となった斎藤博駐米大使。

明治維新後、西洋文明国との交流が進むにつれて国際社会に対応できる人材育成が急務となりました。これに応えるべく設立されたのが東京大学であり、それらの官立学校を目指す若人を迎えた「大学予備門」でした。日本学園の校祖・杉浦重剛は、「東京大学予備門」を目指す学徒の予備校である「東京英語学校(現・日本学園)」の設立に尽力。このとき杉浦校祖は、英吉利法律学校(現・中央大学)設立に向けて奔走していた増島六一郎と力を合わせ、神田錦町の旧明治義塾を校舎として供用することを決定。杉浦校祖が大学予備門長の職にあったため増島六一郎が両校の校長を兼任することになりました。 

東京英語学校(現・日本学園) 
校祖・杉浦重剛先生 

 
東京英語学校&英吉利法律学校・神田錦町校舎(絵画編) 

中央大学HP映像コンテンツでは、近代日本の法曹界発展に尽くした増島六一郎の歩みと、旧明治義塾校舎や神田錦町校舎の貴重な記録写真、さらに生前の増島六一郎と接したお孫さんへのインタビューなど、日本学園にとっても貴重な情報が盛り込まれています。増島六一郎は校長として、両校を互いに模範とするべき姉妹校に位置付け、その発展に情熱を注ぎました。両校躍進の源流は杉浦校祖と増島六一郎の出会いに他なりません。ぜひご覧ください!

「中央大学の歴史:初代校長・増島六一郎」はこちら!
http://www.chuo-u.ac.jp/chuo-u/about/a02_04_j.html

こちらのサイトでもご覧になれます!
http://www.yomiuri.co.jp/adv/chuo/movie/movie04.htm


梅窓会 広報部会

2013年1月5日土曜日

OB斎藤工氏・NHK大河ドラマ「八重の桜」に出演!

明日1/6(日)より放送が開始される2013年・NHK大河ドラマ「八重の桜」に本学OB斎藤工氏が出演します! 同作品は「幕末のジャンヌダルク」と呼ばれ、「ならぬことはならぬ」の教えを胸に、会津の仲間たちとともに、戊辰戦争の銃弾飛び交う激戦地の中を戦い抜き、維新後は“日本初の篤志看護婦”として日清・日露戦争に同行した会津女・新島八重の波瀾に満ちた人生を描く一代記です。


斎藤氏は会津藩家老・神保内蔵助の長男で幼い頃から容姿閑雅、学問に優れ「秀才」と謳われた「神保修理」役として出演!坂本竜馬、伊藤博文などとも交流が深く、大政奉還や王政復古など、激動する政局にも揺ぐことなく、大勢が主戦論を掲げる中で不戦恭順論を徳川慶喜に建言する一徹な人物を演じます。 

 NHKドラマ「オトコマエ」(2008年OA)でも主役を演じた斎藤氏 

同作品の脚本は「御宿かわせみ」「塚原卜伝」「ゲゲゲの女房」などのヒットドラマを手掛けた山本むつみ氏が担当。斎藤氏は「ゲゲゲの女房」でも、つげ義春をモデルにした人物を好演しました。2011年の「江~姫たちの戦国」に続き早くも2作目の大河ドラマ出演となる斎藤氏。今年もさらなる活躍が期待されます!

2013年・NHK大河ドラマ「八重の桜」オフィシャルサイトはこちら!
http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/

「八重の桜」キャスト紹介はこちら!
http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/cast/aizu.html

斎藤工オフィシャルサイトはこちら!
http://www.saitoh-takumi.jp/home/


梅窓会 広報部会

2013年1月3日木曜日

我流展景-日校Photoスケッチ(1月-1)


2013・1・1-AKEOME-こ

2013・1・1-AKEOME-と

2013・1・1-AKEOME-よ

2013・1・1-AKEOME-ろ 

谷川校長(S34卒)新年メッセージ
「教育の恵みは命のリレー」はこちら!
http://www.nihongakuen.ed.jp/kocho/article.html?p=6148

和田事務長(S37卒)新年・リレートーク
「松原大山通り(学園通り)」はこちら!
http://www.nihongakuen.ed.jp/cumpus/shokuin_article.html?p=6147


広報部会 S56卒 永澤