2013年7月30日火曜日

「漢の花園」Vo.38文月

酷暑お見舞い申し上げます!「漢(オトコ)の花園」のお時間でございます。夏もひと月続きますと、そろそろ秋の気配も漂う頃・・・ではなく、これから8月を迎える長い長い今年の夏・・・そんな先々週末、同期のJ君と奥高尾・景信山~相模湖まで山歩きを楽しんで参りました。ともに人生の舵取りに失敗した敗残者のごときOB二名。すさみきったオッサンたちの心を慰めたのは、山中に咲く山百合の花でありました。パッと咲くとは、まさに百合の花のこと。その艶姿は薄暗い森に灯った希望への道しるべのようでありました。オッサンたちは、妖艶な香りを胸一杯に吸い込み、うなだれている花あらば、その首元をかたわらの小枝にそっと添わせ、何ひとつパッとしない人生を噛みしめながら「ああ、早いとこ下山してキンキンに冷えたビールが飲みてぇ~!!」と叫ぶのでした・・・母校に学ぶ後輩諸君、こんな無反省なオッサンになってはいけないよ。というわけで、今月は母校の森に盛夏到来を告げる百合(ユリ科)四景をお届けします。

ユリA(百合:ユリ科)

ユリB(百合:ユリ科)

ユリC(百合:ユリ科)

ユリD(百合:ユリ科)

2012年7月紹介の草花はこちら!
広報部会 S56卒 永澤

2013年7月29日月曜日

我流展景-日校Photoスケッチ(7月-2)

Nichigaku Footsal Boys/2013 Summer

Nichigaku Footsal Boys/2013 Summer

Nichigaku Footsal Boys/2013 Summer

Nichigaku Footsal Boys/2013 Summer

フットサルボーイズ夏の陣!8/17・18『東京フットサルチャレンジU18』参戦!
OBのみなさん、応援よろしくお願いします!
その突破力・急上昇中!日本学園フットサル部・最新情報はこちら!
http://www.nihongakuen.ed.jp/cumpus/club.php?id=16&pos=0#no6505

広報部会 S56卒 永澤

2013年7月28日日曜日

学生円ダービー12位健闘中!すごいぞ『為替株式学習部』!

世界情勢から為替レートを予測する!株式購入体験を通して社会と経済の仕組みを学ぶ!そして数々の経済コンテストに出場しながら知識を深める『為替株式学習部』!日本学園を代表する「知の軍団」が日本経済新聞主催『第13回・学生円ダービー』で、並みいる強豪校を引き離し、かい離合計83銭で第12位へ大躍進!5月末予想時の54位から、一気にTOP30校入りを果たし、さらなる上位を虎視眈々と狙っています!

為替株式学習部・川俣君(部長)元田君(副部長)

『学生円ダービー』詳しい戦況はこちら!
http://www.nihongakuen.ed.jp/cumpus/club_article.php?id=52&p=6541

第12位へ躍進したのは、元田直希君が率いる高校3年生チーム。部長の川俣君、副部長の元田君は、本年2月発行の『Baisoukai Today』、3/2アップの当ブログ『Baisoukai Todayスペシャルインタビュー』に登場しました。「コンテストでさらなる上位進出を狙う」と語っていた両君。その言葉通り、磨き抜いてきた経済感覚と知識をフルに活かし、見事な結果を出しています。中学生チームも高校生チームに続けとばかりに7月末を105円75銭と円安進行を大胆予測!月末の市況が注目されます!日本経済新聞主催『学生円ダービー』は、ゼミで社会科学を専攻する大学生や経済学に興味を持つ学習意欲の高い中学生・高校生が集う、日本を代表する「知の格闘」。もはや日本学園における文化系の看板クラブ『為替株式学習部』は、その実力においても経済コンテスト界の看板となりつつあります!

大健闘中の川俣君・元田君インタビューはこちら!
http://baisoukai.blogspot.jp/2013/03/baisoukai-today.html

上位30チーム(5・6月末の予想結果合計)
順位チームかい離
合計
5月末予想
時の順位
代表者学校名
1小沢 萌子桜美林大学34銭20位
2度会 真広桜美林大学43銭6位
3奥田 瑛介東海高校45銭28位
4神近 公規大阪府立大手前高校65銭44位
5猪瀬 悟史茨城大学66銭31位
6森本 拓暢立命館大学76銭26位
7飯田 翔太大阪府立大手前高校78銭20位
8奥田 和希都立小石川中等教育学校79銭54位
9檜垣 歩夢愛媛県立松山東高校80銭11位
9星 雅登京都学園高校80銭40位
11山中 智弘愛知大学82銭26位
12元田 直希日本学園高校83銭54位
13渡部 孝夫愛媛県立松山東高校86銭18位
14花畑 奈生大阪府立大手前高校90銭70位
15久保 大輝愛媛県立松山東高校1円00銭101位
16富田 航平愛媛県立松山東高校1円03銭84位
17武井 一輝北杜市立甲陵高校1円04銭35位
18村松竜太郎日本大学1円11銭59位
19岡 ちかる北海道石狩翔陽高校1円12銭80位
20北野 文啓龍谷大学1円14銭12位
20野々村美優京都学園高校1円14銭73位
22傅 啓明江蘇省・淮陰師範学院1円15銭107位
23村田 可帆京都学園中学校1円17銭111位
24布施 宥哉東京経済大学1円21銭98位
24山本 茜京都学園高校1円21銭70位
24吉田 七美京都学園高校1円21銭119位
27安達 飛希法政大学1円22銭42位
28岡部 綾音田園調布雙葉高校1円23銭14位
29内藤 真晴北杜市立甲陵高校1円28銭128位
30井上 普京都学園高校1円29銭126位

『学生円ダービー』は7月末の予想でラストとのこと。7月10日締め切りで提出した高校3年生チームの予想は100円64銭です。さらなる上位進出なるか!がんばれ為替株式学習部!OB諸兄の応援よろしくお願いします!

梅窓会 広報部会

2013年7月27日土曜日

日本学園OB Webサイトリンク集 

2015. 5. 20更新 Webサイト数 6

佐山こうた 〔ジャズピアニスト〕 H12卒・柔道部OB
6歳よりクラシックピアノを始め、日本学園在学中の16歳より独学でジャズピアノを学び、卒業後に渡米。2000年ボストンのバークリー音楽院に入学し、音楽理論を正式に学んだ後、2004年より日本で活動を開始する。伊藤多喜雄、瀬木貴将、日野皓正、相川七瀬、はるな愛、40mPなど多くの方との演奏に参加。現在もジャンル問わず多方面で活躍中です。ブログでは日々の出来事や参加作品、ライブの模様等を紹介しています。


関口 直秀 〔フィデリティゲート社〕 S45卒・電気技術研究部OB・梅窓会運営委員

平成24年定年退職後、趣味のオーディオを再開し、「音」に対するこだわりから、ついに会社まで設立。「原音にいかに忠実に再現するか」をテーマに群馬県昭和村の工房にて、スピーカーケーブル始めオーディオ機器の研究開発、製造と販売を行っています。社名のフィデリティゲートとは「忠実な出入り口」という意味の造語です。



石原 篤 〔若葉接骨院〕 H4卒・柔道部OB

柔道部OB。母校卒業後、足立区の接骨院で修業しながら、柔道整復師、鍼・灸師、ケアマネジャーなど数々の資格を取得。平成21年7月に独立。墨田区押上にて開業。患者さんの『健康で笑顔にあふれた生活のために』日々仕事に励む人気の接骨院さんです。HPブログを通じて、日学柔道部に熱い声援を送られています!
【相互リンク】


中村 隆  〔骨董・ガレージなかむら〕 S44卒・電気技術研究部OB・梅窓会運営委員

都内・多摩地区の骨董品、美術品など古い物の買取りをいたしております。
外資系IT企業から、骨董の世界に飛び込んで15年。店名「ガレージなかむら」はその会社が世界トップのIT企業になったルーツを探れば、ちっぽけなガレージからスタートしたことに由来しています。


百代期 清文塾 理事長

創部114年を誇る日本学園柔道部。その100期生以降のOB達による現役生後援会組織『百代期-清文塾』。日本学園柔道部OB会『一歩会』の育成機関でもあります。
【相互リンク】


佐藤正和重孝 〔彫刻家〕 H3卒
山梨県在住。甲虫をモチーフに独特の作品世界を創造する気鋭の彫刻家。個性溢れる作品写真、毎月更新の制作日記”やまなし暮らし、虫のアトリエ”も必見です。
【相互リンク】


梅窓会 広報部会

2013年7月26日金曜日

日本学園に学んだ。そのプライドをパワーに。(下)

松本勝馬(S36年・日本学園高等学校卒)
昭和18年1月17日生まれ。狛江市に育つ。中央大学 経済学部卒。
エレクター株式会社・専務取締役を経て2013年相談役に就任。

大学卒業後はどのようなキャリアを積まれてきたのですか?
大学卒業後、広告代理店に入社しました。ところが憧れていた広告業界の華やかさは見た目だけで、現実は明けても暮れてもクライアントの接待ばかり・・・テレビ局や新聞社などのメディアにもペコペコしなきゃならない。若かったこともあり“こんなことばかりやってられるか!”という気持ちになって、心機一転、粘着シートやテープ、フィルム等を製造する日東電工㈱に転職しました。当時の日東電工は一部上場したばかりで勢いがあり、日本で最も早い時機に週休二日制を導入するなど、社員を大切にする働きやすい会社でした。

日東電工時代は、一般家庭向け消費財を手掛けられたそうですね。
はい、その背景から話しますと、もともと日東電工は、電気絶縁材料、粘着テ-プ、高分子材料等の工業材料と録音テープ、乾電池という一般家庭向け消費財を製造していたのですが、後述するプロジェクト結成の10年ほど前に、この録音テ-プや乾電池の事業部が日立と合併して別会社(日立マクセル株式会社)になってしまいました。一方、海外の競合メーカーである3M(スリーエム・カンパニー)は、カセットテープの代名詞になっていたスコッチテープや金属たわし/スポンジ製品などの世界的な消費財ブランドである「スコッチ・ブライト」を立ち上げ、工業材料以外の分野でシェアを伸ばしていた。「日東電工も3Mのようになるべきだ」ということで、家庭用消費財を扱うブランドを再度立ち上げることになったのです。日東電工は地味で堅いイメージの会社ですから、立ち上げプロジェクトの担当者には“主婦ウケするソフトさと個性を備えた社員を”ということで僕に白羽の矢が当たったのです(笑)。僕は日本学園時代から自分らしさを大切にしていたので、お堅い日東電工でもストライプ模様のシャツやサイドベンツ(当時Yシャツは白無地、ボタンダウンは駄目、スーツはノーベントが当然だった)が入ったスーツを平気で着ていました。髪も今と同じように長く、やたらと目立つ社員だった。それで「あいつはトッポイからやらせてみよう」ということになったわけです(笑)。

現在の日東電工㈱本社があるハービスOSAKA

それがメジャーブランド「ニトムズ」の始まりだったのですか!
昭和47年(1972年)に「日東ホームプロダクツ」というプロジェクトチームを編成しました。それを略した「ニトムズ(NITTO HOME PRODUCTS)チーム」が、後に「㈱ニトムズ」の社名となりました。“日東電工の粘着テープで培った技術をベースに家庭用ヒット商品を開発する」、それがプロジェクトチームのミッションでした。僕は「本気でブランディングするなら組織も日東電工と切り離し、スタッフも親会社の価値観に縛られていない新しい人材を入れなければダメだ」と考えていたので、銀座に事務所を借りて、そこにプロジェクトチームを移しました。女性スタッフまで新たに採用し、大手広告代理店からブランド・コミュニケーションのエキスパートに出向してもらって、ゼロからスタートしたのです。最初の1~2年は失敗の連続でしたが、3年目から手ごたえを感じ、昭和50年に株式会社ニトムズを設立。「フリーラック」、「バスタワー」等のヒット商品開発の後、僕が営業企画本部長だった昭和58年(1983年)に、粘着式カーペットお掃除ツール「コロコロⓇ」が大ヒットしたのです。

全国の主婦にお馴染みの、あの「コロコロⓇ」シリーズですね!
そうです、僕は企画・宣伝・販売促進など、「コロコロⓇ」に関するマーケティング戦略全般を担当しました。商品力に自信はあったのですが、予算がない上に失敗は絶対に許されない、という状況でしたから、大規模なPRを実施することは不可能でした。そこでテレビCMの媒体料金が安価なローカルエリアでテストマーケティングを繰り返し、消費者の反応を確かめながら評判を全国へ広げていく作戦を実行したのです。最初にテレビCMをオンエアしたのは北海道でした。「寒い地域だからカーペットもたくさん使っているはずだ」ということで・・・それが功を奏して、まず北海道でヒット商品となり、次は広島でヒット、次は仙台でヒット・・・といった具合です。最終段階では、消費者の食いつきが悪い地域とし有名な名古屋でテレビCMをオンエアしたところ売れに売れた。それで満を持して関東・関西エリアで一挙にCMを流したのです。売上は8億円ぐらいまで伸びましてね、ニトムズでテレビ番組のスポンサードもしたい、CMもシリーズ化すれば、もっと売上も伸びるはずだと確信しました。日東電工の社長にマーケティング予算の増額を頼んだのもこの頃です。

爆発的ヒット商品となり、今も人気商品の「コロコロⓇ」。
写真は「コロコロスタンダードS」。

どんな番組をスポンサードされたのですか?
中山美穂さんのデビュー作となったドラマ「毎度おさわがせします」(TBS系列1985年O.A.)です。タイトル通りの刺激的なストーリーで人気番組になりました。僕は「コロコロⓇ」の認知を盤石にして、さらに売上を伸ばすためには、挑戦的な企画で高い視聴率を見込める番組をスポンサードしなければ意味がないと考えていました。そのポテンシャルを秘めたドラマが「毎度おさわがせします」だったのです。刺激的なドラマのスポンサーとなることは、お堅いイメージを持つ親会社にとっても大きな賭けとなります。それだけにトップへのプレゼンテーションは、僕にとって一世一代の勝負。あえてカジュアルなジーンズ姿でプレゼンテーションに臨みました。その結果、「毎度おさわがせします」のスポンサードが決定し、急上昇する中山美穂さんの人気と比例するように、「コロコロⓇ」の販売実績も着実に伸びていきました。

世界中で愛されているワイヤーシェルフ「エレクター」。
写真は「スーパーエレクターシェルフ」。棚板はすべて抗菌クリアコーティング仕様。
業界のパイオニアならではの堅牢性と信頼性、ワイドなバリエーションが魅力だ。

現在のエレクター㈱へ転身された経緯は?
プロジェクト立ち上げから短期間でニトムズ㈱は急成長しました。新製品も次々に投入され、暮らしに欠かせない日用品ブランドとしての安定したポジションを確立しました。平成に入って急成長して来た(株)ニトムズの成長が踊り場に差し掛かった頃、次期成長戦略を巡り、トップの考えとどうしても折り合いがつけられないことから、私が身を引くことを決意し退社しました。充電期間も半年になり、少々退屈しだした頃、旧知のエレクタ-社の社長からお誘いを受けたのです。ご存じのように「エレクター」は世界各国で愛されているワイヤーシェルフです。弊社は和食レストランを経営する会社として1957年に創業しました。その後、1966年に米国のインターメトロ社と技術提携し、日本で独自にエレクター・ブランドの製品を製造・販売する会社になったのです。米国生まれの製品を扱っているので、一見、外資系企業のように見えますが、実は生粋の日本企業なんですよ(笑)。エレクターのワイヤーシェルフは、優れたデザイン性、機能性、耐久性、クリーン性で、フードサービス、ホテルのレストラン、病院、工場など、様々な業界のプロに支持されてきました。エレクター㈱の次の狙いは、家庭向けのワイヤーシェルフ「ホームエレクター」を開発・販売して市場拡大を図ることでした。ニトムズ㈱で培った家庭用品のブランドマネジメントのノウハウを活かし、「ホームエレクター」の市場開拓をリードする、それが僕の新しい仕事になりました。平成3年にマーケティング部長として入社しましてね、プライベートユースに見合ったプライス設定や機能面の改善・改良なども手掛けました。その甲斐あって「ホームエレクター」はクリエイターのSOHOから一般家庭のキッチンに至るまで、幅広い市場を獲得することができました。

松本さんが手がけた「ホームエレクター」シリーズ。
写真は木目ブランチシェルフ(棚板)を備えたリビング向けの製品。

松本さんは同窓会・同期会の意義をどのようにお考えですか?
同窓会・同期会は若い頃から継続することが大切だと思います。しかし、現実は転勤や転居など、様々な事情で音信不通になる友人もあり、仕事も家庭も忙しく、同窓会や同期会どころじゃなくなる・・・結果的に一部の仲の良い友人同士の限られた付き合いになってしまうんですね。私自身もそうでした。一人ひとりのOBが若い頃から、先輩や友人とつながる努力を続けていれば、仕事でもプライベートでも、もっと助け合えるはずだし、母校で結ばれた人材のネットワークがビジネスチャンスを生み出す可能性もあります。もちろん、つながるためには、それを後押しするパワーが必要です。そのパワーこそ“日本学園に学んだプライド”に他なりません。榎本理事長、谷川前校長を始めとする学校関係者の皆様並びに梅窓会の皆様のご努力により、現在、母校で学ぶ生徒たちは“名門・日本学園の生徒であるプライド”を着実に取り戻しつつあると思います。たとえば、吹奏楽部諸君の演奏ひとつを取っても、僕らの時代より、はるかにハイレベル。良き伝統を継承しながら、現代の名門校に相応しい教育環境を着々と整備されおり、生徒も期待に応えています。その意味でも、これからはOBネットワークを再構築する絶好の時期。文武両道でがんばる後輩たちのためにも、OB一丸となって交流の輪を広げていきましょう。

平成25年度・梅窓会・懇親会(6/23)で同窓の仲間と共に。

梅窓会 広報部会

2013年7月24日水曜日

Baisoukai Today スペシャル・インタビュー④

OB&在校生(梅窓会・準会員)の“今”を伝える「Baisoukai Todayスペシャル・インタビュー」をお届けします。第4回は、梅窓会ブログ・訪問者総数100,000人を記念するロングインタビューを実施。プロ仕様シェルフの世界ブランド「エレクター」の日本における開発・販売を推進するエレクター株式会社・相談役・松本勝馬さん(S36年卒)にお話を伺いました。

日本学園に学んだ。そのプライドをパワーに。(上)

松本勝馬(S36年・日本学園高等学校卒)
昭和18年1月17日生まれ。狛江市に育つ。中央大学 経済学部卒。
エレクター株式会社・専務取締役を経て2013年相談役に就任。

在学中はいくつもの部活を掛け持ちされていたそうですね。
僕は中学校から日本学園に入学しましてね、中学時代は「ブラスバンド部」(現在の吹奏楽部)、「社会科研究部」、「天文部」、高等学校に進級してからは、「社会科研究部」と「コーラス部」で活動しました。特にコーラス部の活動には力を入れていましてね、高校1年生のとき、コーラス部の先輩たちが演じたイタリアオペラの「ラ・ボエーム」にスタッフとして参加して、僕もやってみたい、と思ったのが入部のきっかけです。みんなでひとつの舞台を作り上げていく楽しさを知って夢中になりましたね。当時のコーラス部は、コーラスの練習に来たり来なかったり・・・そんな幽霊部員みたいな生徒も含め、いろんな奴が参加していました。ですからOB会で集まると「アレ、おまえもいたのか?」という同窓生と再会することもありますよ(笑)。

日本学園中学校1年生の遠足。右端バスガイドさんの左・メガネの少年の左下で
何かをくわえている少年が松本さん。担任は声楽家の友竹正則氏。

コーラス部での思い出を聞かせてください。
文化祭で上演した『マルタ』(正式には『マルタまたはリッチモンドの市場』)が思い出深いですね。フリードリッヒ・フォン・フロトー作曲の4幕からなるドイツオペラで、女官のいたずら心から起きる騒動と恋の顛末を描く、コミカルでロマンティックな作品です。日本ではアイルランド民謡「夏の名残りのバラ」をテーマ曲としていることでも有名です。この『マルタ』を文化祭の公演規模に合わせて再構成する必要がありました。そこで僕が脚本・美術舞台装置を担当して、東京芸大を目指していた同期の金沢君が作曲を担当、主役のライオネルを演じた河野君が演出を担当しました。見せ場見せ場の『アリア』5~6曲以外は、すべて金沢君がオリジナルを作曲したんですよ。僕は役者としてバリトンも担当しましてね、準備に一年ぐらいかけたかなぁ・・・懐かしいですね・・・

『マルタ』を演じた仲間たちと在りし日の一号館・外階段で撮影。
左から5番目のスカーフを巻いた青年が松本さん。

『マルタ』を演じるためには女優さんが不可欠ですが?・・・
そうなんです、男子校だから女子がいない(笑)!そこで中等部までブラスバンド部でトランペットをやっていて、国立音楽大附属高校に転校した友人に頼んで、同校の女子生徒に参加してもらいましてね、それから鴎友学園女子高校の生徒にも参加してもらいました。衣装も六本木の俳優座へみんなで借りにいってね、女子は自分たちで手製の衣装を作って演じていました。すごいでしょ(笑)。小生の衣装は母の手作りで、なんと、この5月に転居した折、台本や楽譜と共に53年ぶりに出て来たんですよ。

休日に私服で登校。一号館北側エントランスの階段で撮影。
当時からオシャレな青年だった。

松本さんが学んでいた頃の日本学園はどんな学校でしたか?
兄が日本学園に通っていたものですから、それが縁で入学したんです。僕の二級上には前校長の谷川さんや常務理事の小川さんを始め、現在の母校を支えている先輩方もおられました。進学実績では毎年、国公立大学、早稲田大学、慶応義塾大学や現在MARCHと呼ばれるクラスの大学にも、それぞれ数名から数十名が合格していました。群を抜いた進学校ではなかったけれど、世田谷周辺では歴史ある名門校として認識されていたと思います。先生方も優秀かつ個性派ぞろいでした。中学時代の担任は、その後テレビ番組でも活躍された声楽家の友竹正則先生です。体育科の講師にはメルボルンオリンピックの鉄棒で金メダルを獲得した小野喬先生がいらっしゃいました。おさな心の中に「俺たちはすごい先生方から教わっているんだ!」という誇らしい気持ちがありましたね。高校に進級してからは、とにかく自由な雰囲気で、青春時代をのびのびと謳歌できる学校でした。「受験勉強しろ!」とうるさく言う先生もいなかった。もし、うるさく言われていたら、進学実績はもっと良くなっていたかもしれませんね(笑)。

一号館南側ヒマラヤ杉の下で。
右は同期の浦本建十郎さん。浦本さんは軟式テニス部OB。
ラテンムード歌謡グループ「東京モナルダ」のメンバーとして活躍。
現在は中野坂上で居酒屋『食いものや駄々っ子』のオーナーをされています。
「東京モナルダ」のヒット曲『神戸で別れて』をYouTubeでお聞きいただけます。

日本学園らしい自由の気風の中で青春を謳歌されたのですね。
はい。当時の制服は黒い詰襟でしたが、校内で私服を着用する時には、着用する理由を書いて学校に届け出なければならなかった。しかし僕は“黒い詰襟にグレーのフラノのズボン”という当時の大学生の着こなしに憧れていましてね、なんだかんだと適当な理由をつけては、それを真似した格好で登校していました。僕は高校時代に生徒会長も務めたのですが、そんな規則違反の常習者が生徒会長なんですから、良くも悪くも、おおらかな気風があったんですね。そんなことで僕も中学校を卒業する時は「優等賞」をいただきましたが、高等学校へ進学してからは、部活に夢中で、まったく勉強しませんでした(笑)。当時は高等学校から入学してきた優秀な生徒も多く、さらに他校を退学になって日本学園に編入してきた猛者なんかもいて、いろんな奴が個性を発揮していた時代でしたね。

上段左が高校1年生の松本さん。右・田中さん(一年先輩)、左下・河野さん(同期)、
右下・間瀬さん(同期)。日本学園の生徒は今も昔もオシャレでセンスがある。

今、日本学園に学ぶ生徒たちに伝えたいことは?
僕は日本学園で本当に心豊かな6年間を過ごしました。その豊かさの中には、すばらしい友人や先生方との出会いもあったし、社会の第一線で活躍するOBや一流の見識を備えた方の薫陶に触れる機会もありました。プロ野球解説の草分けである小西得郎氏、映画監督の吉村公三郎氏、陸軍大将だった荒木貞夫氏、吉田茂の後継と言われながら急逝した緒方竹虎氏。河野洋平氏・太郎氏の父であり、祖父であった河野一郎氏などの講演会もあって、立派な先輩方がいる日本学園を誇りに感じたものです。この恵まれた環境は、現在の日本学園も変わらないと思います。在校生諸君は、ぜひ日本学園の歴史やOBの偉業を学んで欲しいですね。知れば知るほど、日本学園の生徒であることを誇りに思うはずです。

次回『日本学園に学んだ。そのプライドをパワーに。』(下)に続く。

梅窓会 広報部会

2013年7月23日火曜日

昭和34年卒・同期会開催

日本学園高校を卒業して54年が経った本年7月12日(金)午後5時より渋谷東武ホテルで3回目の同期会を立食パーティーで開催しました。今回は本校校長を3月に退任した谷川君の慰労を兼ねて開催しました。岡山県から藤枝(旧姓・今)君・兵庫県尼崎市から大崎君も馳せ参じ、又、初めて参加した方なども含め、30人が一堂に会しました。尚、岡本、横山両先生は体調がすぐれないとのことで、残念ながら欠席されましたが、次回はお元気で参加されることを願っております。

乾杯の後、本校常務理事の小川君から学園の現況が報告され、谷川君への慰労へ移り、出席者を代表し、同級の小野君より記念品が贈られ、谷川君より感謝の挨拶で今後とも同期の皆様で学園の支援をしていきたいと話されました。その後、学園の思い出や、各自己紹介など楽しいひとときは過ぎ、最後に日本学園校歌斉唱、記念写真撮影後、二時間半の会は終了、お開きとなりました。今回も7クラスの幹事の皆様のご尽力に感謝します。



S34卒 宮原洋一

2013年7月21日日曜日

倶進Vol.78 私の山歩き36 ~霧ヶ峰~

S28年卒 米田利民

7月8日、あるシニアの登山クラブの山行に参加して霧ヶ峰に行ってきました。八島湿原ー物見山ー蝶々深山ー車山乗越ー車山頂上ー車山高原駐車場というコース。往復は新宿からのバス。白樺湖畔で入浴。

八島湿原 

物見山の岩


コバイケイソウ
車山乗越から見た蓼科山

車山頂上にある車山気象レーダー観測所

2013年7月19日金曜日

「Web Sportiva」特集にミスター社会人・OB西郷泰之氏!

集英社のスポーツ総合雑誌・公式サイト『Love Sports Web Sportiva』7/10巻頭特集に日本学園が生んだミスター社会人野球・西郷泰之氏が紹介されています!社会人球界における最強打者として新記録に挑戦する西郷氏をみんなで応援しよう!


【都市対抗野球】ミスター社会人・OB西郷泰之、最多本塁打記録への挑戦

―長嶋茂雄氏などに代表される”ミスター”という呼称は、その道の看板を背負う存在につけられるものだ。その語源は”マスター(主人)”で、名人や達人という意味も含まれるのだという。昨夏の東京ドーム。社会人野球ナンバーワン決定戦の都市対抗野球大会において、通算14本塁打という大会タイ記録が生まれた。達成したのはHondaの西郷泰之。多くのプロ野球選手が一目置く”ミスター社会人”である。そして7月12日から開幕する第84回大会で、今年41歳になる大ベテランは新たな金字塔に挑戦する―『Love Sports Web Sportiva』より(写真:『Love Sports Web Sportiva』)


「日本学園・硬式野球部・100周年祝賀会」でスピーチする西郷泰之氏
(2011年1月30日)

特集記事では野球人生を拓いた日本学園高校3年生の夏の出来事、三菱自動車川崎から96年・アトランタ五輪の日本代表選手として銀メダル獲得、2008年Hondaへの移籍、6度の優勝、そして今回の都市対抗野球で最多本塁打記録へ挑む日本学園OB西郷泰之氏が、自身の野球に注ぐ情熱と新記録樹立への想いを語ります。創部100年を超える母校・硬式野球部が生んだ伝説の強打者、ミスター社会人・西郷泰之氏の”いま”を、ぜひお読みください!

『Love Sports Web Sportiva』7/10巻頭特集記事はこちら!

梅窓会 広報部会

2013年7月17日水曜日

OB「岩波茂雄ゆかりの『こころ』を読む」聴講レポート!

去る6月29日(土)長野県諏訪市の諏訪市図書館で諏訪市教育委員会「生涯学習講演会」―岩波書店創業100周年・諏訪市立信州風樹文庫新築20周年―「岩波茂雄ゆかりの『こころ』を読む」~近代日本文学の楽しみ方~が開催されました!

講演会場の諏訪市図書館

諏訪市図書館1階のインフォメーションコーナー。
岩波文庫の装丁は現在でも漱石自装の表紙
(オレンジ色の部分)がデザイン化されている。

同講演会では、信州大学・人文学部・准教授の松本和也氏が、旧制・日本中学校(現・日本学園)OB岩波茂雄と故郷・諏訪について、岩波書店の原点である夏目漱石『こころ』の出版、夏目漱石と岩波茂雄の子弟関係、さらに身近な作品でありながら数々の謎を秘めた『こころ』の解釈など、さまざまなテーマを分かりやすく解説してくださいました。

講演会は岩波茂雄のプロフィール解説からスタート。

信州大学・人文学部・准教授の松本和也氏。
夏目漱石・太宰治などの作家・作品研究をリードされています。

岩波茂雄の経歴紹介では日本中学校の名前も登場。また、『こころ』の出版に当たり、岩波茂雄は出版費用を単純に漱石の負担としたのではなく、最初の費用は漱石が一切を負担し、岩波書店はこれを償却していき、それが済んだ後は半期ごとに利益を折半したこと。『こころ』を出版できるうれしさのあまり、装丁も紙も予算をかけて立派な本にしようとした岩波を漱石が戒め、題字・朱印など、すべて自分で考案した自装本としたこと。『漱石全集』出版のイニシアチブを取ったことで読者の信頼を獲得し、それが出版業界における岩波書店のブランドバリューを認めさせる有力な武器となったことなど、文学と実業の世界をリンクさせた興味深いエピソードも披露されました。

向学心の高いシニア層を中心に満員御礼!さすが長野県は教育県!
ハイレベルかつ分かりやすい講義でした。在校生諸君にも聞かせたかった・・・

諏訪市教育委員会と諏訪市立「信州風樹文庫」では、この秋も新築20周年を記念したイベントを計画されているとのこと。出版王国・信州の名声を揺るぎないものにした日本学園OB岩波茂雄、その努力と功績は100年の時を超えて、これからも本を読む楽しさを教えてくれることでしょう。

諏訪市立信州風樹文庫・訪問レポートはこちら!
http://baisoukai.blogspot.jp/2013/01/ob.html

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梅窓会 広報部会 S56卒 永澤

2013年7月16日火曜日

硬式野球部 夏を終えて


今年の硬式野球部の夏は終わりましたが、
この経験を生かし更に成長していってください。

速報の通り、府中球場で行われた「2013年硬式野球部 夏季大会」3回戦、世田谷学園との試合は2-6で負けました。選手達は一生懸命母校「日本学園」の看板を背負って戦ってくれましたが、勝利の女神は微笑んではくれませんでした。ツイッターで選手達の声が公開されていますので、紹介させていただきます。思わず胸が熱くなり涙が溢れてくるコメントです。負けはしましたが日本学園硬式野球部員たちは、日本一の清らかな心をもった後輩達です。日本学園の宝であります。この野球部での経験を生かし更に成長していってほしい。野球部関係者の皆様、父母の皆様、そしてOB組織梅窓会の皆さん、これからも日本学園硬式野球部に絶大なる応援よろしくお願いいたします。

●今日世田谷学園に負けて引退しました。最後のミーティングも終わって、最後の自主練もやって悔しいけど、この日本学園で高校野球が出来て本当に幸せでした!!いままで支えてくださった皆様には感謝します。エースとして勝たせることは出来なかったけど得たものはあるから成長につなげたい。(B君)

●負けました。 今日応援来てくれた人達ありがとうございました! この野球人生全く悔いはないです。 これからも仲間大事にしていきたいです! そしてまた日本学園戻って来て監督になって甲子園目指します!(K君)

●今日で高校野球人生が終わった 平日は授業が終わったらすぐにグランドへ向かい練習 夜遅くまで練習しその後は残って自主練 辛かったけど意外と充実してた2年半だった もうこんな生活が無いなんて寂しすぎる。 日本学園を応援してくださった方々ほんとにありがとうございました!(H君)

●負けました。今日で9年間続けてきた野球引退です。なんだかんだで野球はやっぱ楽しかった(笑)3年生、後輩達ありがとう!(I君)

●今日応援してくださった方々本当にありがとうございました!!! すごい声援で素晴らしい応援でした。 来年こそは自分が軸になって日本学園を強くします!!これからも日本学園をよろしくお願いします!!(M君)


広報部会 S44卒 中村 隆

2013年7月15日月曜日

速報! 本日の試合結果 梅窓会facebookより

硬式野球部 夏季大会3回戦
熱気と暑さの中、9回まで戦い抜きましたが、2対6世田谷学園に惜しくも敗れました。


世田谷区内同士の対戦に、選手も 、スタンドも、 熱く燃えた一日でした。 母校を乗り越えた世田谷学園には、ぜひ勝ち進んでいってほしい。みなさまおつかれさまでした!

 

梅窓会 広報部会

倶進Vol.77 東北への旅~松島~

昭和28年卒 米田利民

6月30日から7月3日まで東北(角館、秋田、十二湖、金木、仙台、松島)を旅して来ました。

五大堂とすかし橋

瑞巌寺、その昔僧が修行した岩の洞窟、2階建構造で上部には位の高い僧が住んだ

寶華殿、伊達政宗の正室田村氏愛姫の墓堂(きらびやかな装飾の中に
支倉常長が伝えたといわれる西洋の花の模様が含まれている) 

円通院(政宗の若くして亡くなった孫、光宗の廟所)の庭、小堀遠州作

同上の御厨子、支倉常長が欧州から持ち帰った西洋の花の模様が描かれている 

松島を見る最高の地点にある「観瀾亭」(カンランテイ 二部屋の大きな茶室)
より見た松島 「瀾」は「なみ」の意。